
荒川・町屋
軒下中華そば(昼だけ)中華そば 軒下店は、暖簾の内側では終わってくれません。
うちの場所は暖簾から 0.9m まで。昼どきの列は 14.0m まで伸びます。
Photo: Diego Lozano / Unsplash
写真はよその店の一杯で、軒下の丼ではありません。丼の縁に読める文字も、その店のものです。手前のグラスは生ビールですが、うちはお酒を置いていません ── 昼だけの店なので、夜がそもそもありません。味玉が二つ入っているのも、辣油がかかっているのも、奥に二杯目の丼があるのも、うちの卓ではありません(席はカウンター七つだけです)。そして光の色のとおり、これは夜の卓です。うちは十一時から二時半の店です。いちばん大事なのは最後の一つで ── このページは店の外の話をしているのに、この枠の中には路地も、列も、隣の建具屋さんの入口も、向かいのお宅の塀も、一つも写っていません。それを直す写真は撮れますが、撮りません。列を写せば、列がこの店の看板になります。近所にとってあれは迷惑で、うちにとっては借りです。看板にはできません。
町屋。都電の通りから一本入った、幅四メートルの路地です。十一時に開けて、スープが終われば閉めます ── だいたい二時半。煮干しと鶏の中華そばが一種類と、味玉と、大盛り。席は七つしかないので、昼どきには外に列ができます。その列が立っているのは、うちの土地ではありません。だからこのページは、丼の話より先に、暖簾から外へ何メートルの話をします。
間
この店は暖簾から九十センチで終わります。法律上も、そこまでです。 それなのに昼どきには十四メートルの列が立っていて、それは間違いなく うちが作ったものです。持っていない場所に、自分が作ったものが置いて ある ── この店のいちばん面倒なところは、丼の中ではなく、ここにあります。
暖簾から何メートルのところの話か、選んでください。
色がついている二つが、うちの敷地です。三つめから先は道で、うちの 場所ではありません。
左で距離を一つ選んでください。
返ってくるのは、そこで店が何をしているかと、そこについて店が 言えないことです。遠くへ行くほど、二つめが長くなります。
| 暖簾から | そこにあるもの | 店が言えないこと |
|---|---|---|
| 0.0m | 暖簾。ここから内側が店です。 | 外のことは何も見えません。厨房からは路地の三メートル先までしか見えないので、列の後ろがどうなっているかは分かりません。 |
| 0.9m | 軒下。うちの敷地の最後の九十センチで、屋根があります。 | 五人目に「中でお待ちください」とは言えません。席が七つしかないためです。 |
| 2.4m | 隣の建具屋さん(田所さん)の入口。ここから先はうちの場所ではありません。 | 「並んでいてください」と言う資格がありません。他人の店の前です。 |
| 4.2m | 路地の反対側の壁。つまり、この道の幅です。 | 車と自転車を止めることはできません。生活道路なので、昼でも通ります。 |
| 6.0m | 向かいのお宅の玄関先。 | お願いしかできません。うちに、そこに人を立たせない権限はありません。 |
| 9.0m | 路地の角。ここで折れて、都電の通りのほうへ並びます。 | 角の向こうで何が起きているかは、行かなければ分かりません。 |
| 14.0m | 都電の通りの歩道。ここまで来たら、その日の受付を止めます。 | この先は人通りの多い歩道で、うちの列がいてよい場所ではありません。 |
列が十四メートル ── 路地の角を折れて、都電の通りの歩道に届いたところで、その日の受付を止めます。スープが残っていても止めますし、逆に十四メートルに届かない日でも、スープが終われば閉めます。先に来たほうが終わりです。
杯数で止めない理由は一つです。杯数は厨房の中の数で、外の道とは関係がありません。うちが迷惑をかけているのは道のほうなので、止める基準も道に置いてあります。
止めたあとは、路地の写真を一枚だけ撮って(人が写らない角度で)、その日の最後尾の位置を店の中の紙に記録しています。近所から言われたときに、こちらの記憶で答えないためです。
丼
丼の話は短いです。一種類しか作りませんし、硬さも濃さも選べません。 そのどれもが、外の列の長さから決まっています。
一種類だけ
一種類しか作らないのは、こだわりではありません。券売機の前で迷う時間が一人十秒増えると、昼どきの列は二メートル伸びます。選べないぶんの申し訳なさは、値段に乗せないようにしています。
麺
麺は近所の製麺所に打ってもらっている中細のストレートで、自家製麺ではありません。硬さの注文は受けていません ── 受けると、厨房が同時に二つの釜時計を見ることになり、出すのが遅くなります。
替え玉
替え玉はありません。七席しかないので、一杯で終わる量にしてあります。足りない方は大盛りでお願いします。
お酒
お酒は置いていません。昼だけの店で、夜がありません。
品書き
券売機の札(税込)
- 中華そば¥900煮干しと鶏と昆布。中細のストレート、茹で一分十秒。これ一種類です。
- 大盛り(麺1.5玉)¥150スープは足しません。
- 味玉¥120
- チャーシュー二枚¥300
- ライス(小)¥130十三時を過ぎると終わっていることが多いです。
- 券売機は店内です。外で並んでいるあいだのご注文はお受けできません。
- 十時半より前に並ばないでください。向かいのお宅から言われていることです。
- 壁側に一列。隣のシャッターの前と、向かいの玄関の正面は空けてください。
- 列が14mに届いた時点で受付を止めます。スープが残っていても止めます。
- 麺・スープに小麦・鶏・豚・魚介・大豆を使っています。外食には表示の義務がありませんので、気になるものは券売機の前でお尋ねください ── その場でお答えします。
外
列について、うちは何の許可も持っていません。取っていないのではなく、 取る窓口が無いのです。そしてそれは、禁じられているという意味でも ありません。
一 許す仕組みが無い
道に人が並ぶことを許可する窓口は、どこにもありません。道路使用許可(道路交通法第77条)は、工事や祭礼、撮影、露店のための制度で、「うちの客が並びます」という申請は受け付けていません。出そうと思っても、出す先がない。
二 禁じられてもいない
では禁じられているかというと、それもありません。道路交通法が禁じているのは、交通の妨げになるような方法でみだりに立ちどまることです。つまり列は、**妨げになった瞬間だけ**違反になります。何メートルまで、という線はどこにも書かれていません。線は距離ではなく、結果で引かれます。
三 取れるのに取っていない許可
取れるのに取っていない許可も一つあります。歩道に置き看板を一枚出すには、道路占用許可(道路管理者=荒川区)と道路使用許可(警察署長)の二枚が要ります。うちは出していないので、持っていません ── 傘立ても、灰皿も、コーンも、最後尾の札も、道には置きません。列は消せませんが、物は置かないでいられます。
四 煙と、音と、ごみ
ほかに、煙と臭いは都の環境確保条例、話し声は近所の睡眠、ごみは事業系廃棄物で、家庭ごみの集積所には出せません。どれも罰則より先に、明日も隣で商売ができるかどうかの話です。
「行列のできる店」と自分では書きません。書いた時点で、列がこの店の資産になります。うちにとってあれは近所への借りで、資産ではありません。
「元祖」「本家」「無化調」「秘伝」も書きません。どれも確かめようがなく、確かめられないことを大きく書くのは、景品表示法の言う優良誤認にいちばん近い場所です。
「うまい」とも書いていません。この店が自分で保証できるのは、何時に開けて、何分待って、いくらで、どこに立っていただくか ── そこまでです。
列
時刻を選ぶと、そのころ列が何メートルになっているかが出ます。 待ち時間だけでなく、その時間ぶん誰の前に立つことになるかも一緒に出ます ── 並んでいるあいだ、その方はうちの客ですが、道の上ではただの通行人 だからです。
何時ごろに行こうか、で選んでください。
この長さは巻尺で測ったものではなく、何人並んだかを数えて、一人あたり六十センチで直したものです。日によって外れます。
左で時刻を一つ選んでください。
返ってくるのは、待ち時間と、そのとき列が何メートルになっていて、 誰の前に立つことになるかです。空いていますよ、とは申し上げません。
整理券は配りません。番号で呼ぶと、みんな好きな場所で待つので、路地の両側に人が散ります。一列は見苦しいですが、どこに誰がいるかが見えます ── 近所にとっては、そちらのほうがましです。
近所
書いてあるのは、並んでくださる方に、ここが誰の場所なのかを先に知っておいていただきたいからです。列に立っているあいだ、その方はうちの客ですが、道の上ではただの通行人です。
隣の建具屋さん
「壁側に一列でね。うちの自転車が出せないから。」
一列にして、シャッターの前は一メートル空けています。守れていない日は、こちらから出て直します。
向かいのお宅
「話し声は、お昼どきならかまいません。ただ、開ける前の時間はやめてください。」
十時半より前に並ばないようお願いしています。それより早い方には、いったん出直していただいています。
町会
「ごみは店の中に置いておいて。集積所には出さないで。」
事業から出るごみなので、集積所には出せません。専門の業者に週三回引き取ってもらっています。
斜め向かいのお宅
「煙は上に出して。洗濯物にはつくから。」
排気を屋上まで上げて、グリスフィルターを月に二度替えています。臭いが消えるわけではありません。
裏の駐車場の方
「並んでる人が、うちの塀にもたれるのだけは。」
塀の側には並ばないよう、立て札ではなく、こちらが出て申し上げています(道に物を置けないため)。
これは規約でも契約でもありません。守らなければ、向こうは警察に電話することができます。関係はそれだけです。権利として守っていただいているのではなく、こちらが借りているだけなので、言われたことは言われたまま書いてあります。
言われることが増えたら、この段も増えます。減ることは、たぶんありません。
できないこと
- 夜はやりません。住宅街の路地で、夜に列を立てることはできないからです。同じ商売でも、夜にできる場所と昼にしかできない場所があります。
- 道に物を置きません。置き看板も、傘立ても、灰皿も、コーンも、最後尾の札もです ── 歩道に一枚出すだけで、区の道路占用許可と警察署長の道路使用許可の二枚が要ります。持っていません。
- 予約と整理券はありません。番号で呼ぶと待つ人が路地の両側に散るので、見苦しくても一列にしています。
- 硬さと味の濃さの注文は受けていません。厨房が二つの時計を見ることになり、出すのが遅くなって、外の列が伸びます。
- 替え玉はありません。七席で回しているので、一杯で終わる量にしてあります。
- お酒は置いていません。昼だけの店です。
- お持ち帰りと配達はしていません。
- 路地での撮影はご遠慮ください。近所のお宅と、他のお客さまが写ります。店内の丼だけでしたらどうぞ。
- 席
- カウンター七席。相席はしません。だいたい一人十二分で入れ替わります。
- 券売機
- 券売機を置いています。早く出すためではなく、列を短くするためです ── 会計を席でやると、一人あたり四十秒長く座ることになります。
- 音
- 音楽は流していません。外の声が聞こえないと、列の様子が分からないからです。
- 煙
- 排気は屋上まで上げて、グリスフィルターを月に二度替えています。斜め向かいのお宅から言われたことです(六「近所」)。
- ごみ
- 事業系廃棄物なので、町会の集積所には出しません。週三回、業者に引き取ってもらっています。
- 傘
- 傘立ては店内にあります。道には置けないので、濡れた傘は袋に入れてお持ちください。袋はこちらでお渡しします。
人
宇田川 亮
うだがわ りょう/店主(釜と丼)
町屋で生まれて、王子の中華そば屋で九年。独立して六年目です。実家がこの路地の三軒先なので、並ばれる側の家のことは先に知っていました。
宇田川 佐和
うだがわ さわ/外(列と近所)
列の整理と、近所への挨拶が仕事です。厨房には入りません ── 外を見る人がいないと、この店は成り立たないので、一人ぶんの人件費をそこに置いています。
顔写真はありません。実在の方の顔を、架空の店主の名前と経歴に貼らないためです。列の写真もありません ── 撮れますが、撮りません(ヒーローの断り書きの最後を参照)。
訊かれること
路地で実際に訊かれることです。ほかのお客さまの感想は載せていません ── 並んでいるあいだに要るのは、どこに立てばよいかと、あと何分か だけなので。
- 何時に行けばいちばん空いていますか。
- 十一時か、十三時四十五分です。ただし後者はスープが終わっていることがあります。
- 何分くらい待ちますか。
- 十二時台で四十分から五十五分、十三時台で二十五分から三十五分です。五「列」の装置に時刻ごとの見込みがあります。
- どこに並べばいいですか。
- 暖簾から見て左、壁側に一列です。隣の建具屋さんのシャッターの前は一メートル空けてください。
- 子ども連れでも大丈夫ですか。
- かまいません。ただ席が七つでベビーカーの置き場がないので、たたんで店内の壁側に立てていただいています。
- 並んでいるあいだに注文できますか。
- できません。券売機が店内にあります。中に入ってから買っていただくので、外で先に決めておいていただけると助かります。
- 夜はやらないんですか。
- やりません。この路地で夜に列を立てることはできないからです。
- 写真を撮ってもいいですか。
- 店内の丼はどうぞ。路地では撮らないでください ── 近所のお宅と、他のお客さまが写ります。
東京メトロ千代田線・京成本線 町屋駅から徒歩5分/都電荒川線 町屋駅前から徒歩4分(都電の通りを尾久橋方面へ、三本目の路地を右)
東京都荒川区町屋0-0-0
- 月・水〜金
- 11:00〜14:30ごろ(スープが終わり次第閉店)
- 土・日・祝
- 11:00〜14:30ごろ(受付は列が14mに届いた時点で終了)
- 定休
- 火曜
お電話
03-6000-0036ご予約は承っていません。昼どきは外に出ていることが多いので、 電話には出られないとお考えください。
飲食店営業許可(荒川区保健所)。道路占用許可(荒川区)と道路使用許可(警察署長)は持っていません ── 歩道に置き看板を一枚出すにはその二枚が要るので、うちは道に何も置いていません。列については、そもそも許可という仕組みがありません(四「外」)。